雑記
お知らせ
生活が色々アレな感じになっているので6/12(金)頃まで更新が滞ります。
お知らせ
生活が色々アレな感じになっているので6/12(金)頃まで更新が滞ります。
前回の記事で
「なぜ日記とエッセイなのか?」につづく かも
と言ったものの、1週間経って考えに変化が出てきたので話題を少し変えることにする。
実のところ、今は文学フリマ当日ほどの熱はなくなっていたりする。
熱が落ち着いた理由として「面白味を感じない本にお金を使って勿体なく感じた」、「参加人数(3509出店)に対して俺に刺さる本が少なかった」の2つがある。
次回以降、なるべくミスマッチを減らすために面白味を感じなかった本についての特徴について整理しておきたい。
断っておくと、これはあくまで個人の好みの話であり著者をディスりたいわけではない。
「ビュッフェで好物の鳥カツだと思って皿に取ってウキウキで頬張ったらカキフライだった」みたいな話である。
・面白味を感じなかった本の特徴
①無理にウケを狙いすぎている
ウケを狙い過ぎるあまり、一つの話の中でキャラがブレてたり、話を盛ってる感が出てたり、ギャグを必要以上に解説しているのが気になった。
昔からよく言われてるけど「めっちゃ面白い話があってさ~」で始まる話は大抵面白くならない。受け手をあまり身構えさせない方がよいと個人的に思う。
②事実や行為のみが書かれていて、その人の捉え方や感じ方が書かれていない
「○○(料理)を作った」「〇〇(料理)を食べた」「〇〇を買った」「○○を遊んだ」としか書かれておらず、
それらをやった理由や、それらをやった後にどう感じたかが書かれていなくて物足りなかった。
その人自身の言葉でその人の捉え方や感じ方を語ってほしいと思う。
③手段と目的がやや逆転しがち
自分は何かを継続している人が好きなんだけど、「その継続の仕方は長続きしないのでは?」と心配になるようなものがあった。
音ゲーで例えるなら「どれだけ仕事で疲れていても10万Notesを叩く」みたいなやつ。
無理のない範囲で継続してほしい。そうしないといつか顔面が痛くなって眠れなくなるから。
大体こんな感じ。
逆に自分に刺さった本というのは、自分と属性が近かったり趣味が被ってたりする人の本だった。
比較的自分に近い人が普段どのように考えているかが分かると面白い。
これはSNSやNoteでは中々味わえないものであり、こういった本に出会えただけでも行って良かったと思っている。
■日記が流行っているらしい
先日の文学フリマのWebカタログを見てみたらジャンル「エッセイ・随筆・体験記」の出店数が「エンタメ・大衆小説」の倍以上だった。
また、最近日記に関連した書籍なども何冊か出ていたりして、それらを覗いてみたら日記ブームが来てるといったことが書かれていた。
書きたいことがない人のための日記入門(講談社)
日記をつけて何になる?(柏書房)
「日記をつけて何になる?」の著者は下北沢にある日記屋の初代店長とのこと。
「日記屋」というものが気になったのでリサーチ目的で行ってみた。
店の雰囲気も良く、たくさん日記本が置いてあったんだけど、どうも買う気にならなかった。
表紙を見ただけだと中身が想像できない本というのはやはり興味を持ち辛い。
例えばこの中で「ゲームを1000日練習した43歳会社員の日記」みたいなサブタイトルがついているものがあれば、「おっ、これください」となると思うけど、内観写真のような装丁のものが殆どだったので食指が動かなかった。
(あと、店員との距離が近すぎて立ち読みする気にならないというのもあった)
ここでふと文学フリマで面白味のない本を買ってしまった理由が分かった気がした。
著者本人がそこにいてどのような本かを直にプレゼンされると、財布の紐が使い古したパンツ並に緩むっぽい。
会場で直接やり取りすることで「知らない人の日記本」から「ほんのちょっとだけ知ってる人の日記本」にランクアップするのだと思う。これがリアルイベントブーストってやつか。
もし自分が出店側に回るとなったら、レジェンド松下の動画を鬼リピして実演販売士の魂を宿して臨むかもしれない。
■自分に刺さる本が少なかった件について
買ってきた本の中で俺に刺さる本というのは現状2冊ほどしかなかった。
確率的に0.05%くらい。ソシャゲのガチャだったら消費者庁案件になるやつ。
これだと次回また刺さる本に出会えるとは限らないし、こういったことを考えれば考えるほど「日記本」や「文学フリマ」に対しての熱が治まっていく。
自分の中の熱を高めていくというのは一筋縄ではいかないようだ。
遅ればせながら文学のフリマの感想を書いていく。
・参加者層について
俺のようなおじからすると、全体的にだいぶ若い印象を受けた。
ギリギリ平均年齢20代に食い込むかもという感じ。ただ、未成年は少なそうだった。
未成年の入場料は無料なので買わずとも散歩しにくるだけでよい気がするけど、そういった若者は少ない模様。
皆基本的に大人しい。
何か一部で12月のアメ横並の呼びかけがあったとかどうとかいう話が出ていたけど、俺が観測した限りでは見かけなかった。
どちらかというとサークル主と一般参加者の談笑が弾みすぎて一向に本が買えないみたいな場面があり、お隣さんのサークル主の性格にもよるけど内心ブチ切れる人もいるかもなぁと思ったりした。
内輪感もそんなに感じなかった。
大変失礼ながら、実際に行くまで文学フリマは濃いめの内輪向けイベントだと思っていた。
だから事前チェックしていたサークルの本を立ち読みして興味が湧かなければすぐ帰るつもりだった。
結果としては、過去に参加した同人系イベントでTOP3に入るくらいにお金を消費した。
#文学フリマで買った本
4時間くらい会場内を歩き続けてました pic.twitter.com/7xNrda6VN5— TOI (@toi_im2) May 4, 2026
同人誌イベントで出会う本&人は一期一会になりがちなので、立ち読みして自分の中で大丈夫だと思ったものを買うようにしていた。
結果として、購入した53冊のうち7冊は大丈夫じゃなかった。
イベントから帰宅した後に書いた感想編の下書きには自分の選本眼に自信がある旨が書かれていた。自惚れたらあかん。
・運営について
12時時点で行列っぽいものが形成されていたものの、それが何の列かよく分からない状態だったのはちょっと微妙だった。列がゆりかもめ駅を貫通していたのもよくないかも。
「この列は何の列ですか?」とか「この列は文学フリマの列ですか?」みたいな感じのやり取りもチラホラ見られた。
たぶん同人イベントでおなじみの最後尾看板を1個つくるだけで大分変わる気がする。
あと、あんな風が強い場所を入場口にして大丈夫そう?とも思った。
俺は紙チケットが飛ばされないように両手で甲斐甲斐しく握りしめていた。
中々コミケのような感じにはならないようだ。
ついついコミケの運営が業界標準だと思いがちだけど、あちらはスタッフがマイクパフォーマンスできるくらいには手練れだし、恐らくスタッフ数も全然違うと思われる。
ホワイトボードへの寄せ書きやSNSでの投稿呼びかけなどの雰囲気づくりはよかったので、やれる範囲で改善していってもらえればと思う。
・手に取るかどうかの基準
■手に取った本
・前向きな気持ちになれそうな本
・エネルギーを貰えそうな本
・勉強になりそうな本
■手に取らなかった本
・本を開かないと本の中身が把握できない本
・装丁が豪華すぎる、商業に寄りすぎている本
・表紙にAIイラストがふんだんに盛り込まれている本
・豆本と呼ばれる小さいやつ
・複数人で作られた本(アンソロジー)
・小説、詩、短歌系
読書始めたての身からすると、読書筋力的にもまずエッセイ(自分語り)の方から入っていって、この人の文章をもっと読みたいという気持ちになったときに初めて小説の購入を検討する感じになっている。
あとこれはリスペクトに欠く話かもしれないけど、以前から自分が気になっていた商業小説が中古で安く手に入ってしまう状況なので小説系の優先度はどうしても下げざるをえない。
(流石に本を開かないと内容が把握できない知らない人の小説よりも、160円で買える「響け!ユーフォニアム」原作小説の方を優先してしまう)
作品そのものより書く人の方を重視しているというのを考えると、俺は作品と人格を切り離さないタイプかもしれない。
個人的には、作品は生み出された後に勝手に切り離されるというか、別人ではあるけど血を引いた自分の子供だったり自分の分身に近い印象がある。
どう頑張ってもその人のフィルタを通して出てくる以上、作品からはその人の要素がにじみ出るものだと思っている。
そんなことを言いつつ同じ知らない人の本でも日記・エッセイ・体験記だとホイホイ買う理由については別記事で触れる予定。
価格については1500円未満であれば躊躇せずに買ってた。逆に、無料配布だと手に取り辛い感がある。
たとえそれがどれだけよいものだったとしても、無料になった途端に手に取り辛くなる。
何か作品を手放してる感というか、自分の分身の扱いが雑というか、こちらに配慮しているようで実際は何にも向き合えていない感が出ている。
大分辛辣な物言いで多方面からお叱りを受けそうだけど、少なくとも俺はあなたの労力に対価を払いたいと考えている。
ちょっとオチがつかなそうなのでここで区切ります。
「なぜ日記とエッセイなのか?」につづく かも
文学フリマという小説特化のコミケ的なイベントに行ってきた。

いつもビッグサイトを目にするとオタクの血が呼び起されて昂ってくる。

右へ(南ホールへ)とのことだったので、右折したらなんかやたらと混んでる。
どうも同日に例大祭も開催していたようなので、「いうて例大祭の列っしょ」と思ってたらどうも文学フリマの列らしい。大人気イベントすぎる。
想定ではヌルッと入ってササっと帰ってくるつもりだったので完全に誤算だった。
相手は腹ペコの状態で戦うにはあまりに無謀と思えるくらいの超大型イベントだったらしい。
俺は急遽おにぎりをかきこんで臨戦態勢を整えた。

鶴瓶よ、俺に力を。
何だかんだで1時間くらいかけて会場入り。
まずは事前にチェックしていたサークルを回っていく。
今回のお目当ては体験記・エッセイで、お目当てを回るついでにその場で気になった本も次々と衝動買いしていった。
エッセイ島をある程度回ったあたりで会場の入り口で貰った袋がミチミチになったのでリュックに入れ替えた。
荷物を入れ替えながら立ち読みスペースと呼ばれるエリアを眺めてたけど、あれは混みすぎ。
試み自体は良いんだけど一度入ったら二度と出られないんじゃね?と思うくらいには混んでた。
なので、早々に試し読みは諦めて普通に全サークルを回ることにした。
(そしてこの判断により4時間後に肩関節と股関節が粉々になった)
会場の熱気が凄くて汗が止まらない。
リュックを背負ってるので背中の部分に熱がこもり、よくない相乗効果が生まれていた。
辺りを見渡してみると意外に汗一つかかず涼しげに回ってる方が多く、自分が会場の空気にコミケ臭を加えてしまい申し訳なく思った。
4時間ほどかけて全サークルを回り終えた。
何か概算すると会場内だけでも14~5kmくらい歩いたっぽい。
14kmというと東京から川口くらいまでの距離のようで、結構な重さの荷物を背負ってそれくらい歩いたらそりゃ関節の一つや二つは粉々になりますわ。
丁度閉会の時間となり俺の関節も限界を迎えたのでビッグサイトを後にした。
想像以上に面白かった。次回(東京43)に備えて今から関節を鍛えようと思った。
参加者の皆さま、お疲れさまでした。
以前、ブログに書くことが思い浮かばなくて自分の昔の記事のリメイクを試みたことがある。
さすがに文章力は昔よりも上がっているはずなんだけど、リメイクしても勢いとか温度感が全然出なかった。
今の自分が、当時の自分が感じたものや感情の動きを再現することは難しいのだと感じた。
このことから、何かを体験して何か心が動くようなことがあれば文章でも声でもよいから残すべきだと思った。
これは写真の現像に似ているかもしれない。
現像というのはフィルムに記録された見えない画像を色んな液体に漬けて見える画像にする処理を指しており、
今の時代で言うとRAWデータ(生データ)からJPEGに変換する処理・過程を指している。
当時の俺の記事は白黒でガビガビでピントが合っていない写真のようなものが多かった。
たとえ取っておきたい思い出があっても、それを出力する俺の性能が低いとガビガビのものが出来上がってしまう。
だから自分の体験を良い形で残しておくためにも文章修行を続けていこうと思った。
さっそく最近心がポジティブな方向に動いた話を書こうと思う。(以下、オチがないただの感想です)
■曲生成AIについて
おそらく歌詞に共感できない昭和のコミックソング風の曲を紹介していく。
紳士淑女の皆さまには先に謝罪しておく。申し訳ない。
ち〇ぼうカキンカキン節
正直AIが生成するものは全て温度感や感情のようなものが欠けると思ってたんだけど、ザコシの曲は想像以上によかった。
少なくとも曲生成についてはちょっと考えを改めざるをえない。
これをほんの数分で出されちゃうとなるとミュージシャンの方はこの先大変なのではと思う。
仕上がりという点でもそうだけど、一般的なミュージシャンがこの仕事を請けるのは色々とリスクがデカすぎる。
そういう点においてもAI側が社会的に無敵で有利すぎる。
もしかしたら過激派の人からは「そんなAI製の下品なものをありがたがるなんて、お前の程度も知れたものだ。一生AIと兜合わせしてるがよい」と言われるかもだけど、すまない、この曲は俺はわりとよいと思っている。
お互いに自分がよいと思うものにたくさん触れよう。人の感性に貴賤はないのだから。
■Carry Onを弾く女児
いや、佇まいが小学生ではない。もう既にオーラが出てる。リアルぼっちちゃんすぎ。
新宿駅南口で生Ayasaさんを見た時と同じ衝撃を受けている。Ayasa (Wiki)
この調子であと10年継続したら世界に名を馳せるだろうなぁ。これからも頑張ってほしい。
前々回 : 「好き」とか「熱量」がほしい
前回 : 「好き」とか「熱量」がほしい その2
なぜ読書をするのか?
→文章表現力を高めたいから
町田康さん曰く「文章力を高めたいなら本を読め」とのこと。
これは理にかなっていると思った。
唐突だが、自分が好きな著名人の中にKOFの麻宮アテナの声優の池澤春奈さんがいる。
この動画が好きすぎて何度も観ている。
明らかに語彙力が限界突破していて「いや、アテナの人凄すぎない?」ってなった。
(この動画を見るまでは池澤春奈さんが熱心な読書家であることを知らなかった)
文章力に限らず、池澤さんの喋りのように自分というフィルタを通した表現を磨く方法として
読書は有効そうだと改めて思った。
■インプットとアウトプット
正直、平日は疲れていてほぼアウトプットできない。
無理にアウトプットしてもしょうもないものしか出てこない。
だから基本的に平日は読書や何かしらの作品の鑑賞をするようにしている。
休日は平日よりも多少マシなアウトプットが出てくることが多いので、「休日に書き溜めて平日に投稿すればよいのでは?」と思ったりしたけど、恐らく熱量が分散するだけであまり意味が無さそうな気がした。
あと最近はアウトプットできそうなタイミングでボイスメモなんかも録るようにしもしている。
文章とは異なる雰囲気のものが自分から出てくるので結構驚く。
あと、以前は会社のミーティング動画を見てて自分の喋りにキモ味を感じてたけど、最近の喋りに対してはそこまでキモ味を感じなくなった。
喋りが上手くなったのか、「自分大好きおじ」になったのかはわからない。
■打算的おじ
職場で音ゲーの練習をやるのはほぼ無理だけど、文章力は工夫すれば職場でも合法的(?)に鍛えられる気がした。
文章力はブログで使えるのは勿論のこと、ブログ以外の色々なアウトプットにも活かせる。
俺はこういう「一粒で二度おいしい」的なものに弱いのだ。
過去の自分はブログ向けの文章力を高めるためにお堅い文章力の本を何冊も買ってたけど、読むべきは文芸書の方だったんだなと今更ながらに気づいた。
ただなぁ、燃え殻さんのデビューが2017年なんで、それ以前となると文芸書を手に取るきっかけはないんよなぁ。
死んだ父が石田衣良さんのエッセイを薦めてくれたのを覚えているんだけど、当時ゲームで忙しかった自分は見向きもしなかったんだよなぁ。
今世においてはこれが最速だったということで、引き続き読み書きしてまいります。
■近況
健康診断を受けたり、大きめの社会貢献をこなしたり、スワヒリ業務が想像の3倍くらい終わってたりして少し更新が滞っておりました。
あと、サーバー使用料の支払いが漏れていて4/14~15あたりにアクセスできなくなっていたかもしれません。失礼しました。
現状の取り組みと優先度については以下のような感じです。
| 項目 | 状況 |
|---|---|
| 2DX | 1日の練習時間が平均30分程度。動作の修正(微調整)がどれくらい出来るかを確認して、疲労によって修正がきかないようなら早々に切り上げるようにしている。休憩が取れなかった日などは酷い有様となる。 |
| bms | 休日に体が動くようなら平均1時間程度練習。基本的にBPM180以上の乱打とかガチ押しを練習できるようなコンディションにはならないのでやれることだけやっている。 |
| DQウォーク | 移動中と空き時間以外はプレイしていない。ルーラポイントが溢れそうな時だけ自宅で渋々ほこらを消化している。 |
| 読書 | 1日1時間くらいは読めている。家事を終えてあとは寝るだけという状態にしてから読書をすると寝付きがよくなる。寝落ち寸前のところまでいったらその日の読書は終わりという感じ。 |
| ポップン | 休止。スワヒリ業務の負荷が高いので、体に負荷を掛けないようにするために触らないようにしている。 |
| スト6 | 休止。運動技能の習得という部分が音ゲーと被っていて体の回復が追いつかなくなるのと、対戦でアドレナリンが出て睡眠によくない影響がでるため休止。あと地味に大ゴス弱体化に萎えているというのもある。イングリッドが可愛くないというのもデカい。 |
過去に複数ジャンルを同時並行で進めた結果、顔面が痛くなったことがあるので、無理することはやめました。
運動技能が絡む取り組みは今のところ1日1時間くらいが限度な気がします。なのでイラスト練習などもまだ再開はできなそうです。
無理をしてもよいことは何もないですからね。焦って結果を得ようとしたところで、そんなものは結局長続きしないです。これは2020年の自分に向けた戒めです。
2022年 : 2022/7/9
2023年 : 2023/4/30
2024年 : 2024/5/4
2025年 : 2025/10/5
今年はクリニックから正式に非メタボ判定をもらって指導医からの説教を回避できた。
こちとら伊達に可処分時間減らしてねぇんじゃ オッラ ( ´ω`)-3
あと、毎日そこそこ濃いめの味付けの野菜炒めを食べてるにも関わらず血圧が安定しているのがありがたい。
まあ、単に野菜の量が多すぎて結果的に塩気が薄まってるだけかもしれないが・・・
とりあえず値としては現状は概ね「健康」らしいので、これを維持していきたいと思う。
とは言うものの、正直日々クソ疲れてるし、白髪が爆増して順調に老いてるし、これで「健康です」とか言われても健康なだけじゃ音ゲーは上手くならんなと思ったりした。
前回 : 「好き」とか「熱量」がほしい
そもそもなぜ熱量がほしい?
→自分にとってつまらないものが増えてきたから
厳密には、物事を楽しむためのあらゆる余裕が不足していたり、自分自身の「物事を面白がる力」が不足しているから結果として物事がつまらなく感じている。
だから自分の人生を面白くするために「熱量」を欲している。
あと物事を面白がる力を高めるついでに、自分自身も面白く在りたいと思っている。
自分は老若男女問わず面白い人が好きであり、そういった人への憧れを抱いている。
最近だとEXITさんが面白に振り切ってて素敵だと思った。
2026年4月10日 格ゲーモノマネ選手権
EWC2025グランドファイナル フルセットフルラウンドの激闘を制し二連覇を成し遂げて感極まるも備品への配慮は決して忘れないXiaohai選手のモノマネと実際の映像 #EWC2025 pic.twitter.com/L7DKduI0Gs— 格ゲーマークリップス (@FGAMER_clips) April 10, 2026
面白は利他的な行為だと思う。
人に喜んでもらったり、楽しんでもらうために振る舞う。
滑ることを恐れずに、その時にやれることを全力でやる姿は尊い。
その姿勢にしびれてあこがれる。
そういった姿勢とは裏腹に、嘘をついたり、手を抜いたり、見栄を張ったりしたら、それらは人に見透かされてしまう。
人は人から出てくるアウトプットへの嗅覚が結構鋭い。
機械に手伝ってもらって自分というフィルタを通さずにアウトプットしてもやはりバレてしまうだろう。
だから「毎日ブログ更新」を謳いつつ熱量のない記事を義務感のみで量産したらきっと人は来なくなる。
まあ、あまりにも更新を疎かにしたらそれはそれで誰も来なくなりそうだけど、たまにちゃんと熱の入った記事を投稿すればいつか誰かの目に留まるんじゃないかと思っている。
何より、数年後に自分で見返したときに「まあまあおもろいやん」という感じで楽しめる気がしている。
ありきたりではあるけど「記憶をなくした自分が読んだ時に面白いものを書くタイムカプセル式」とか「悩み多き頃の昔の自分に向けての教訓を書くビデオレター式」といったやり方は有用そうだ。
つづく かも
ヘイル・メアリー読了日記以降、「好き」という気持ちや「熱量」というものについて考えている。
自分の考えを手元のノートアプリに書きなぐっていたら3700文字くらいになっていて、「熱量について考えた結果、なんか熱量が生まれてるっぽいぞ」となったので、この熱を表に出してみようかなという気持ちで文章を書いている。
これを語る前に「ドーパミン」と「エンドルフィン」について触れておく必要がある。
「ドーパミン」は「やる気」、エンドルフィンは「快楽」を生み出すホルモンらしい。
期待感が高まった時に出るのが「ドーパミン」、美味いものを食べた時に出るのが「エンドルフィン」。
言い換えると、良い感じの未来が見えた時に出るのが「ドーパミン」、現在進行形で気持ち良い時に出るのが「エンドルフィン」という理解。
ここで自分の「好き」を振り返ってみると、圧倒的に「エンドルフィン」側に寄っていることに気づく。
■好きなもの
大暮さんの漫画、paraokaさんの楽曲、ZETMAN、成長に関する情報、
ドトールのコーヒー、Liaさんの歌、ルイナススピリチュアル、サカサマのパテマ、
きっとうまくいく、シュタゲ、運命のファルファッラ、名演シリーズ、植松さん、森下さん
これらのほかにもゲームの発表に対する海外の人の反応動画とかも好きだったりする。
「エンドルフィン」側に寄ると熱量が生まれないのか?
いや、真っ当に推し活してる人を見ると俺の53万倍くらいの熱量があるように見えるので、熱量は別の要因によって生じている気がする。
恐らく「『好き』という気持ちとクリエイティブ要素が絡んでいる」、「実際に自分の感情が動いている」という2点が熱量を生み出す要素になっていると思われる。
好きなものに触れて、自分の感情の動きを自分というフィルタを通して表に出したときに熱量が生まれるのではと考えている。
さらに言えば、熱量があるアウトプットに対して他者からの反応があったりといった感じで周りに影響を与えることができたりすると、「ドーパミン」の方も出て熱量を生むサイクルが加速する気がする。
いまいち俺が熱量を出せないのは、音ゲーを習慣化しており外的要因によって自己べが出にくい状況となっていて、結果を出す未来が見えず感情も殆ど動かないからかもしれない。
もし疲労している状態で本来やりたい練習が出来ずに日々やれることをやらざるをえないという状態で熱量を生んでたら、それはちょっと何かが”キマっちゃってる”と思う。
じゃあ今後俺はどのように熱量を生めばよいか。
とりあえず今のところは「よい感じの本を見つけて繰り返し読む」のがよいと考えている。
そう考えるきっかけとなった動画。16:16~の町田康さんの助言がよい。
「とりあえず1000回読め(やれ)」的なアドバイスは音ゲーでもよく聞くし、文筆の世界でも同じなんだなと思った。
この助言を聞いた翌日に俺の文章修行を買って、そちらも読み進めている。めちゃおもろい。
音ゲーと通ずるところがあると仮定すると、「よい感じの本」をどれだけ揃えられるかが重要そうな気がしている。
音ゲーで言えば、よい感じの練習曲を集めるような感じ。
例えば自分の場合だと☆一桁クラスの簡単な譜面やst10以上の高難度譜面をプレーしても経験値が得られないのと同じで、今の自分に合った適切な難度且つ自分の伸ばしたい属性が含まれるものを選ぶのが重要そう。
その視点でBOOK OFFで立ち読みしたら、買うべきものとそうでないものがうっすら見えてきた。
自分にとっての「練習本」は自分で選定しないと意味がなさそうだ。
そうと決まれば、本屋に足を運んでモリモリ立ち読みしてよい感じの本をゲットするぞい。