日記本について
前回の記事で
「なぜ日記とエッセイなのか?」につづく かも
と言ったものの、1週間経って考えに変化が出てきたので話題を少し変えることにする。
実のところ、今は文学フリマ当日ほどの熱はなくなっていたりする。
熱が落ち着いた理由として「面白味を感じない本にお金を使って勿体なく感じた」、「参加人数(3509出店)に対して俺に刺さる本が少なかった」の2つがある。
次回以降、なるべくミスマッチを減らすために面白味を感じなかった本についての特徴について整理しておきたい。
断っておくと、これはあくまで個人の好みの話であり著者をディスりたいわけではない。
「ビュッフェで好物の鳥カツだと思って皿に取ってウキウキで頬張ったらカキフライだった」みたいな話である。
・面白味を感じなかった本の特徴
①無理にウケを狙いすぎている
ウケを狙い過ぎるあまり、一つの話の中でキャラがブレてたり、話を盛ってる感が出てたり、ギャグを必要以上に解説しているのが気になった。
昔からよく言われてるけど「めっちゃ面白い話があってさ~」で始まる話は大抵面白くならない。受け手をあまり身構えさせない方がよいと個人的に思う。
②事実や行為のみが書かれていて、その人の捉え方や感じ方が書かれていない
「○○(料理)を作った」「〇〇(料理)を食べた」「〇〇を買った」「○○を遊んだ」としか書かれておらず、
それらをやった理由や、それらをやった後にどう感じたかが書かれていなくて物足りなかった。
その人自身の言葉でその人の捉え方や感じ方を語ってほしいと思う。
③手段と目的がやや逆転しがち
自分は何かを継続している人が好きなんだけど、「その継続の仕方は長続きしないのでは?」と心配になるようなものがあった。
音ゲーで例えるなら「どれだけ仕事で疲れていても10万Notesを叩く」みたいなやつ。
無理のない範囲で継続してほしい。そうしないといつか顔面が痛くなって眠れなくなるから。
大体こんな感じ。
逆に自分に刺さった本というのは、自分と属性が近かったり趣味が被ってたりする人の本だった。
比較的自分に近い人が普段どのように考えているかが分かると面白い。
これはSNSやNoteでは中々味わえないものであり、こういった本に出会えただけでも行って良かったと思っている。
■日記が流行っているらしい
先日の文学フリマのWebカタログを見てみたらジャンル「エッセイ・随筆・体験記」の出店数が「エンタメ・大衆小説」の倍以上だった。
また、最近日記に関連した書籍なども何冊か出ていたりして、それらを覗いてみたら日記ブームが来てるといったことが書かれていた。
書きたいことがない人のための日記入門(講談社)
日記をつけて何になる?(柏書房)
「日記をつけて何になる?」の著者は下北沢にある日記屋の初代店長とのこと。
「日記屋」というものが気になったのでリサーチ目的で行ってみた。
店の雰囲気も良く、たくさん日記本が置いてあったんだけど、どうも買う気にならなかった。
表紙を見ただけだと中身が想像できない本というのはやはり興味を持ち辛い。
例えばこの中で「ゲームを1000日練習した43歳会社員の日記」みたいなサブタイトルがついているものがあれば、「おっ、これください」となると思うけど、内観写真のような装丁のものが殆どだったので食指が動かなかった。
(あと、店員との距離が近すぎて立ち読みする気にならないというのもあった)
ここでふと文学フリマで面白味のない本を買ってしまった理由が分かった気がした。
著者本人がそこにいてどのような本かを直にプレゼンされると、財布の紐が使い古したパンツ並に緩むっぽい。
会場で直接やり取りすることで「知らない人の日記本」から「ほんのちょっとだけ知ってる人の日記本」にランクアップするのだと思う。これがリアルイベントブーストってやつか。
もし自分が出店側に回るとなったら、レジェンド松下の動画を鬼リピして実演販売士の魂を宿して臨むかもしれない。
■自分に刺さる本が少なかった件について
買ってきた本の中で俺に刺さる本というのは現状2冊ほどしかなかった。
確率的に0.05%くらい。ソシャゲのガチャだったら消費者庁案件になるやつ。
これだと次回また刺さる本に出会えるとは限らないし、こういったことを考えれば考えるほど「日記本」や「文学フリマ」に対しての熱が治まっていく。
自分の中の熱を高めていくというのは一筋縄ではいかないようだ。









