Inquiring mind -2nd phase-

「好き」とか「熱量」がほしい その2

前回 : 「好き」とか「熱量」がほしい

そもそもなぜ熱量がほしい?
→自分にとってつまらないものが増えてきたから

厳密には、物事を楽しむためのあらゆる余裕が不足していたり、自分自身の「物事を面白がる力」が不足しているから結果として物事がつまらなく感じている。
だから自分の人生を面白くするために「熱量」を欲している。

あと物事を面白がる力を高めるついでに、自分自身も面白く在りたいと思っている。
自分は老若男女問わず面白い人が好きであり、そういった人への憧れを抱いている。
最近だとEXITさんが面白に振り切ってて素敵だと思った。


面白は利他的な行為だと思う。
人に喜んでもらったり、楽しんでもらうために振る舞う。
滑ることを恐れずに、その時にやれることを全力でやる姿は尊い。
その姿勢にしびれてあこがれる。

そういった姿勢とは裏腹に、嘘をついたり、手を抜いたり、見栄を張ったりしたら、それらは人に見透かされてしまう。
人は人から出てくるアウトプットへの嗅覚が結構鋭い。

機械に手伝ってもらって自分というフィルタを通さずにアウトプットしてもやはりバレてしまうだろう。
だから「毎日ブログ更新」を謳いつつ熱量のない記事を義務感のみで量産したらきっと人は来なくなる。

まあ、あまりにも更新を疎かにしたらそれはそれで誰も来なくなりそうだけど、たまにちゃんと熱の入った記事を投稿すればいつか誰かの目に留まるんじゃないかと思っている。
何より、数年後に自分で見返したときに「まあまあおもろいやん」という感じで楽しめる気がしている。
ありきたりではあるけど「記憶をなくした自分が読んだ時に面白いものを書くタイムカプセル式」とか「悩み多き頃の昔の自分に向けての教訓を書くビデオレター式」といったやり方は有用そうだ。

つづく かも

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