雑記
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・認知の話
視覚 : 目によって感知され、視覚の電気信号は一次視覚野に伝えられる。
聴覚 : 蝸牛で電気信号に変えられた聴覚は視床を介した後、一次聴覚野に伝えられる。
一次視覚野、聴覚野に伝えらた段階では意味付けされていない刺激情報であり、これらの感覚情報が統合され、経験などと照合することによって感覚に意味づけがなされる。
これを知覚といい、「これが何であるか」という認知がなされる。
・判断の話
運動時に筋活動やその他の身体的な変化のすべてをコントロールしているのは脳と脊髄であり、合わせて中枢神経系と呼ばれる。
中枢神経系は身体の内外からの情報を集約、統合し、いま何をすべきかを瞬時に判断し、それを実行させることができる。
運動時に中枢神経系から運動の命令を筋に伝えるのが運動神経であり、目や耳から得られた感覚情報を中枢神経系に伝えているのが知覚神経(感覚神経)である。
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こんな感じで、認知してからの判断という流れになっているので、「認識」という言葉で一緒くたにしない方が良いと思われる。
それはそうとして、認知の部分で差がつくのかどうかというのは少し気になる。
勿論、老眼&難聴になってる人と健常な人では差がつきそうだけど、健常な人同士での差がつくのかが気になるところ。
「経験」というキーワードが出てきてるので、例えばズレ譜面で譜面のズレを意識してる人と、ズレを同時押しとして捉えてしまってる人とだと差がつくかもしれない。
2DXプレイヤーがポップンでBEAT-POPを使うといったところも少し関係がありそう。